May 14, 2009

インフラに投資する不動産投資信託

不動産投資信託の中でインフラ系の設備を備えているかのような施設を保有している不動産投資信託に焦点を当てている。このような不動産投資信託は、収益率が硬いと思うからだ。オフィスビルなどでは景気動向に応じて、賃料が上がったりネリゴもして安定しない。自分は安定した賃貸収益を追求することになる。
まだ正式には何も話が進んでいないTPPことを今考えても仕方ないことかもしれないが、もし、TPPが成立すると、外国人労働力と人材が多く、日本に来る赤ちゃん、アパート経営の最先端にも大きく変化してくるのではないでしょうか。今では、ファミリータイプに押されて苦戦気味のワンルームタイプのマンション事業にも外国人向けに特化するとまたこの前の勢いを取り戻すかもしれませんね。
 菅直人首相の後継を決める民主党代表選の日程が27日告示、29日投開票で固まった。どの候補を支持するか、県連所属の国会議員の対応は今のところ分かれそうだ。
 県連代表の川村秀三郎衆院議員(宮崎1区)は、出馬が濃厚な鹿野道彦農相を「人物、経験ともに優れている」と支持する。鹿野氏は91年、自民党政権時代に海部俊樹内閣でも農相を務め、農政通で知られる。農水省出身の川村氏は「農相として本物の政治主導を実現している」と評価し、国会議員約30人で鹿野氏に代表選出馬を要請する会を結成。呼びかけ人でもある。
 道休誠一郎衆院議員(九州比例)は誰を支持するか未定。1期生12人で結成した政策集団「礎(いしずえ)の会」で統一歩調を取る。「党内融和を図れる方を選びたい。古い体制から脱却し、日本再生のためのリーダーを選ぶ代表選にしたい」と話す。
 外山斎参院議員は昨年9月の代表選で小沢一郎氏を支持した。今回は「現時点では候補者が出そろっていない。それぞれの考えを聞き判断したい」と慎重だ。
   ◇  ◇
 河野俊嗣知事は23日の定例会見で代表選について、「年中行事のように総理が代わるようではいかん。どのように国難を乗り切るか、しっかりと論戦してほしい」などと述べた。【石田宗久】

8月24日朝刊

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 県難病団体連絡協議会の首藤正一会長と患者ら約20人が23日、県庁を訪れ、県内の難病医療対策の拡充や支援を求める要望書を河野俊嗣知事に手渡した。
 首藤会長は知事に「同じ患者だが制度上で(医療費助成の対象となる)特定疾患とそうでないのがあり、差をなくしてほしい」と要望。要望書は、線維筋痛症など5疾患を県独自で特定疾患に指定し支援することや、専門医の県内配置と医療の地域偏在の解消なども求め、患者ら計5646人の署名も添えた。
 河野知事は「県としてできる限り対応したい」と述べた。筋肉が骨のように硬くなる進行性骨化性線維異形成症を患う瀬川ゆかりさん(39)=宮崎市=は知事に「全額とは言わないのでせめて一部補助を」と訴えた。

8月24日朝刊

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 ◇がれき一つ、復興へ一歩
 「ここが一面イチゴ畑だったって、初めて来た人は信じないだろうなあ」
 7月下旬、宮城県沿岸部の亘理(わたり)町。イチゴ農家の男性(62)はがれきを拾い集める手を休め、延々と続く荒れ地を指差した。私は、返す言葉が見つからなかった。
 東北一の生産量を誇る宮城県産「仙台いちご」は、約8割を亘理町と隣の山元町で生産してきたが、津波で約95%のハウスが流された。がれきの山には今もトラクターが無造作に残されている。
 男性の自宅とハウス16棟も全壊。生活のため、今は時給1200円で町内のがれき撤去作業に従事する。一緒に作業する10人全員がイチゴ農家だ。
 「取材だって。ちょうどいい。休憩しよう」。10人が次々に畑から道路脇に上がって腰を下ろした。土手が急で道路に上がれない私に、一人が笑いながら手を貸してくれた。「宮崎は新燃岳で大変だったでしょう」「亘理もみんな明るいだろう。メソメソしてたって飯は食えねえ」。周囲のがれきを忘れるような温かい団らんだった。
 近所の農家はみな幼なじみだが、津波で亡くなった人もいる。「復興はみんなの夢。がれき一つ拾うごとに復興が一歩近づく」と力を込める。
 口蹄疫(こうていえき)、新燃岳と自然災害に翻弄(ほんろう)された宮崎の農家を多く取材してきたが、私が会った農家はほとんどが初対面でも、泣いたり、怒ったり、やり場のない不満をぶつけてくれた。震災から4カ月半も過ぎたからだろうか、亘理町の農家の気丈な笑顔に驚きを覚えた。
 帰り際、「半年早く来れば甘いイチゴをやれたんだがなあ」と私にペットボトルのお茶を差し出してくれた。その瞬間、初めてみんなの笑顔が曇った。
   ◇ 
 先月16日から2週間、東日本大震災の被災地に取材応援で入った。大切な人や仕事を失いながらも復興を目指す被災者の姿に、宮崎から行った私は逆に勇気付けられる毎日だった。現地を歩き、見たことを報告する。【川上珠実】

8月24日朝刊

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